秋の飛鳥を歩くと、どこからともなく甘い香りが漂ってくる。金木犀の名残か、それとも熟れた柿の香りか。そんなことをぼんやり考えながらぶらぶらしていると、ふと目の前に鮮やかな黄色が飛び込んできた。 それが、橘寺の大イチョウ。 まるで大空を支えるか…
正倉院展の季節になると、奈良の空気が少しだけきりっとする。朝晩の風に冷たさが混じりはじめ、木々が色づくころ、奈良国立博物館の前には、静かな期待が流れている。 今年の展示には、深い瑠璃色の杯や、香り高い「蘭奢待」など、名の知れた宝物たちがずら…
九杯目の盃は、吉備姫王。欽明天皇の孫にして、茅渟王の妃。そして、あの皇極天皇と孝徳天皇――ふたりの天皇を産んだ母です。この血筋を聞くだけで、もう時代の中心に立っていたことが分かります。けれど彼女自身が声を上げる場面は、歴史書にはほとんど残さ…
八杯目は、高市皇子。天武天皇の長子でありながら、帝位には届かなかった皇子です。母は胸形尼子娘。筑紫の豪族の娘で、父・天武とは立場も出自も異なる世界から結ばれました。そんな血を引く高市皇子には、どこか柔らかな気配と、風を読むような静けさがあ…
九月の終わり、朝晩の空気にすこしだけ秋のにおいが混じりはじめたころ、宇陀の佛隆寺へ向かった。山道をのぼるにつれて、気温がすこしずつ下がっていく。エンジンを切ると、虫の声だけが聞こえた。 佛隆寺といえば「千年桜」。けれど、今回は桜ではなく、そ…
七杯目は、有間皇子。孝徳天皇の皇子であり、斉明天皇の甥にあたる方です。まだ若く、皇族としての未来に期待を抱かれていた一方で、その純粋さがかえって政治の渦に飲み込まれてしまいました。 斉明天皇が紀伊の温泉に出かけていた折、留守官となった蘇我赤…
甘樫丘に眠る万葉の歌碑 今も明日香風がそっと吹き抜ける 甘樫丘の斜面を登っていくと、ふいに現れるこの歌碑。木漏れ日の中で、岩に刻まれた文字が黒々と光って見える。ほろ酔い気分で腰をおろすと、目の前を抜けていく風が、ただの風じゃなくて「明日香風…
六杯目の盃をお供していただくのは、古人大兄皇子。舒明天皇と蘇我馬子の娘・法提郎女との間に生まれ、血筋としても期待の大きかった皇子です。蘇我蝦夷や入鹿からも皇位継承を望まれ、その名は一時期、次代を担う存在として大きく響いていました。 しかし、…
もう季節はがっつり秋だというのに、陽射しはまだ容赦なく、歩けば額にじんわり汗がにじむ。空気の底に残る熱気と、彼岸花の真紅とが重なって、秋と夏とが押し合いへし合いしているように見える。田の畦に揃って伸びる赤い花たちは、そんな混ざりあった季節…
光と風に揺れる曼珠沙華 畦道を赤く染める曼珠沙華の群れ 太陽を背にして見上げる曼珠沙華は、いつもより大きく、力強く見えた。細い糸のような花びらが空に向かって広がって、光を浴びるたびにちらちらと揺れる。青い空の下で、赤と白と青が混ざる景色は、…
五杯目は、聖徳太子の子、山背大兄王です。父は太子、母は蘇我馬子の娘・刀自古郎女。まさに血筋からいえば、次代の皇位を継ぐにふさわしい存在でした。推古天皇の崩御後、田村皇子(のちの舒明天皇)と皇位を争いましたが、結局は田村皇子が選ばれ、王は一…
血なまぐさい皇位争いの末に即位し、飛鳥から大陸へと道をひらいた舒明天皇。遣唐使船を思わせる風景と、宴のハイボールを味わいながら語ります。
大伴旅人の歌碑 月読の神がもたらす霊水を思わせる一首 万葉文化館の庭に佇む石碑を眺めていると、大伴旅人の歌が刻まれていた。 天橋も長くもがも 高山も高くもがも月読の持てるをち水 い取り来て 君に奉りてをちしめむはも 空にかかる天の橋がもっと長けれ…
飛鳥時代の皇族たちには、華やかに歴史を彩る人もいれば、ほとんど姿を残さないまま消えていく人もいました。竹田皇子はその「幻の皇子」。植山古墳の静かな風景とともに、その存在をほろ酔いで語ります。
「 万葉文化館の庭園にて。旋頭歌を刻んだ石碑が静かに佇む 万葉文化館の庭園に足を踏み入れると、緑の中にひっそりと歌碑が立っている。石に刻まれたのは、旋頭歌と呼ばれる少し珍しい調べの歌だ。 春日なる三笠の山に月の船出づみやびをの飲む酒坏に影に見…
光の当たる皇族がいれば、影に沈む皇子もいる。飛鳥の権力争いに散った穴穂部皇子を、盃を片手にたどります。
飛鳥の世から水をたたえる深田池 のんびり佇むすっぽんくんも悠久の歴史を知っているかのよう 深田池のほとりで、なんともご機嫌そうなすっぽんくんに出会った。水面からひょっこり顔を出し、こちらをじっと見ている。ちょっと酒気を帯びたこちらの頬を、冷…
巻五・八六五『君を待つ松浦の浦の娘子らは常世の国の海人娘子かも』を刻む歌碑 刻まれているのは、万葉集巻五・八六五の歌。 君を待つ 松浦の浦の 娘子らは常世の国の 海人娘子かも いったいどんな場面で詠まれたのかと思えば、これがまた面白い。 この歌は…
「最初の一杯」に登場するのは聖徳太子。政治の改革、隋との交流、仏教への信仰、そして数々の伝説…。飛鳥と斑鳩の風景を感じながら、ほろ酔いでたどる第一回です。
陽を受けて輝くシャインマスカットと琥珀色のアイスティー ベランダに腰かけて、シャインマスカットをひとつ口に入れる。甘さが舌にひろがって、すぐさま冷たいアイスティーをひとくち。ああ、これは相性抜群。ワインとはまた違う、昼下がりの幸せな組み合わ…
古墳散策の合間に、ひんやり甘いひと休み 氷の音がカランと鳴る。黒々としたアイスコーヒーに口をつけると、まだ夏の熱気を残した身体にすうっと染みこんでいく。添えられたアイスとクッキーは、見た目も愛らしくて、少し子どもじみたわくわくを呼び起こす。…
稲穂の波のむこうに見える飛鳥寺の甍 千年以上、田んぼの実りを見守り続けてきたお寺 青空がひろがっている。まるでどこまでも続くような澄んだ青だ。その下に広がるのは緑濃い田んぼ。稲は風にそよぎながら、夏の名残を抱きしめるようにきらきらと揺れてい…
今年の葡萄は当たり年 甘さが舌に広がって、ついもうひと粒 ベランダに腰を落ち着けて、つややかな葡萄を口に放り込む。ひと粒、またひと粒。舌の上で弾ける甘さに、思わず「今年は当たりだなあ」とつぶやいてしまう。近所のブドウ園は、毎年夏になると直売…
十三年ほど連れ添った愛車も、あちこち修理が必要になってきて、もうそろそろ休ませてあげる時がきた。代わりにやってきた新しい相棒は、なんと「飛鳥ナンバー」だ。 この飛鳥ナンバー、ただの地名のプレートではなくて、朱雀が羽ばたいている。赤やオレンジ…
ちょっと一杯やりながら、飛鳥時代の皇族たちを語ってみませんか?争いと改革のはざまで生きた20人の皇族を、ほろ酔い気分でゆるやかに紹介していきます。
片口から注がれる一献、旅の夜の始まり 宿に戻って、片口から盃へ酒を注ぐと、しずくが木の卓にこぼれた。これも旅の景色のひとつだと思えば、拭く手も急がない。口に含めば、ほのかな旨味が舌に広がる。外では、さっきまでの雨が音を潜めていた。窓の外を覗…
小泉八雲が歩いた道を見守る石碑 秋からのテレビ小説が松江を舞台にするらしいと聞き、雨の中をぶらぶら歩く足取りが少し軽くなる。街角には、小泉八雲寄寓所址と刻まれた石碑。ラフカディオ・ハーンがこの地に滞在し、日本の風物や怪談を記録に残したのは明…
時を重ねたレンガ壁に、雨の色が滲む お盆休み、ちょっとした用事で中国地方へ出かけることになった。せっかくならと松江に宿を取り、一日ゆっくり歩いてみることにした。宿の近くで見つけた古びたレンガの壁は、ところどころ黒ずみ、長い時間の重みを感じさ…
少し山の方へ足をのばした。まだ日差しは容赦なく、立っているだけで背中に汗がじんわり広がる。それでも、耳をすませば夏の終わりが近づいていることがわかる。蝉の声が、ピークを過ぎたように、どこか間延びして聞こえるのだ。 夏を見送る、静かな蝉の抜け…
見事な鶏冠を誇る神鶏。境内の空気をきりりと引き締める番人のよう。 石上神宮に行く回数が、ここ数年でぐっと増えた。前は年に一度行けば多いほうだったのに、最近では月に何度も足を運んでいる。理由は単純明快、神鶏に会いたいからだ。参道をのんびり歩い…