
お盆休み、ちょっとした用事で中国地方へ出かけることになった。せっかくならと松江に宿を取り、一日ゆっくり歩いてみることにした。
宿の近くで見つけた古びたレンガの壁は、ところどころ黒ずみ、長い時間の重みを感じさせる。明治のころ、外国から運ばれた赤レンガや洋風建築の技術が、海運で栄えた港町・松江にも届いていたのだろう。城下町の落ち着きの中に、こうした異国の香りが混ざるのが松江らしい。

足を伸ばして宍道湖のほとりに立つ。湖面は曇り空をそのまま映し、まるで巨大な鏡のよう。風もなく、波も立たない日は、湖と空の境目が消えてしまいそうだ。
江戸時代、松江藩はこの湖を生活の要としてきた。湖からはしじみが獲れ、船で米や海産物を運び、経済を支えた。ここで取れるしじみ汁は、旅の疲れをほっと和らげてくれる名物で、藩主も愛した味だという。

街を歩いていると、硝子細工のような和菓子が目に留まった。寒天に包まれた青や紫の層が、宍道湖に沈む夕陽を思わせる。ひと口かじれば、つるりと喉を抜け、しっとりとした甘さが広がる。旅先での甘いものは、歩き疲れた足をまた前に進ませてくれる魔法のような存在だ。

昼過ぎ、松江城に向かうころ、空模様はますます怪しくなった。城の石垣に近づいたとき、大雨警報が発令され、中には入れないとのこと。
松江城は慶長16年(1611)に堀尾吉晴によって築かれた、現存12天守のひとつ。派手さはなく、黒い下見板と武骨な石垣が、戦国の名残をそのまま伝えている。明治の廃城令でも壊されずに残ったのは、市民たちの保存運動のおかげだという。
雨に煙る天守を木々の間から眺めていると、城下に響いていたであろう太鼓や人々のざわめきが、かすかに耳の奥で蘇るような気がした。