ぶらり明日香さんぽ

古代史のふるさと 明日香村 をのんびり散歩しながら、四季の風景やちょびっと歴史に触れるブログです。気ままに歩き、ときどき別の町へもぶらり旅。明日香の魅力をゆるりとお届けします!

采女の袖と風の記憶

甘樫丘に眠る万葉の歌碑 今も明日香風がそっと吹き抜ける

甘樫丘の斜面を登っていくと、ふいに現れるこの歌碑。木漏れ日の中で、岩に刻まれた文字が黒々と光って見える。ほろ酔い気分で腰をおろすと、目の前を抜けていく風が、ただの風じゃなくて「明日香風」なんだと思えてくる。

志貴皇子の歌は、不思議と今の自分の気分に重なる。人も建物もいなくなったあとに、風だけが記憶を運んでくる。采女の袖がひらりと舞った、その一瞬の華やかさが、千年以上も経った今もこの丘に漂っている。酒の余韻みたいに。

采女という存在を考えると、歴史の中の光と影が交錯している気がする。豪族の娘として大切に育てられたはずなのに、都へ差し出されて宮廷の彩りとなる。その人生は華やかでありながら、同時にどこか哀しみを帯びていたかもしれない。袖が風に舞う光景は、絢爛な宮廷の象徴であると同時に、儚さを伝えているようにも思える。

そして都が藤原に移ったとき、その華やぎも風とともに消えていった。志貴皇子が「都を遠み」と詠んだのは、目の前の距離ではなく、時代そのものの遠さだったのだろう。明日香の中心から律令国家へ。国の仕組みが変わり、人の心もまた変わっていく。

考えてみれば、都というものは常に移ろい続けてきた。飛鳥から藤原、そして平城京へ。人々は新しい都に夢を託すけれど、その度にひとつ前の都には風と記憶だけが残る。甘樫丘を吹き抜ける風は、その記憶を抱え込みながら今日までやってきたのかもしれない。

木の葉がさやさや鳴る音を聞きながら盃を傾けていると、時代の流れも、風の流れも、どこか同じものに思えてくる。過去は消えない。ただ、風にまぎれてそっと身を隠しているだけなのだ。だからこの丘に来ると、飲む酒までどこか懐かしい味わいになる。

もう一口、口に含めば、風が袖を揺らしたように、酔いもひらりと心に舞い込んでくる。