ぶらり明日香さんぽ

古代史のふるさと 明日香村 をのんびり散歩しながら、四季の風景やちょびっと歴史に触れるブログです。気ままに歩き、ときどき別の町へもぶらり旅。明日香の魅力をゆるりとお届けします!

飛鳥時代の皇族 吉備姫王 ― 飛鳥を見守った静かな母

九杯目の盃は、吉備姫王。欽明天皇の孫にして、茅渟王の妃。そして、あの皇極天皇孝徳天皇――ふたりの天皇を産んだ母です。
この血筋を聞くだけで、もう時代の中心に立っていたことが分かります。けれど彼女自身が声を上げる場面は、歴史書にはほとんど残されていません。
光の強い場所には、いつだって誰かの影がある。その影のなかに、吉備姫王は静かに立っていました。

若き日の吉備姫王は、飛鳥の朝焼けをどんな思いで見ていたのでしょう。
夫の茅渟王は穏やかで、聡明な人だったと伝わります。ふたりの間に生まれた子どもたちが、のちに日本史を大きく動かすとは、当時の誰も思っていなかったかもしれません。
母のまなざしで見守る娘・宝皇女(のちの皇極天皇)は、やがて政治の荒波に呑まれていきます。けれど、母としての吉備姫王は、その背を支え続けました。

病に伏したとき、娘の皇極天皇は昼も夜も母の枕元を離れなかったといいます。
日本書紀』の記述は淡々としていますが、そこには確かな情が流れています。
政争や血の争いが絶えなかった時代にあって、母と娘の絆は、ひとつの小さな祈りのようでした。

 

 

揚げたての天ぷらをつまみに、冷酒を少し。優しさが衣のように沁みてくる。

吉備姫王が眠るのは、飛鳥の檜隈――古墳の並ぶ丘のあたり。
延喜式」には檜隈墓と記され、欽明天皇陵の中にその地があるといわれます。
梅山古墳の兆域にあるカナヅカ古墳を、彼女の墓とする説も有力です。
緑の田畑の向こうに、鳥の声と風の音しか聞こえないあの場所。
石室の冷たさの奥には、母として、祖としての穏やかな眠りが続いているのでしょう。

天ぷらをひとつつまんで、冷酒を口に含みます。
衣の香ばしさと酒の透明な香りが、まるで飛鳥の風のように心を通り抜けていく。
あの時代の女性たちは、皆こうして静かに時を支えていたのかもしれません。
表には立たずとも、歴史の流れを包み込み、やさしく導いた人。
吉備姫王は、そんな“母なる飛鳥”の象徴のような存在です。

 

 

秋の明日香。狐面の向こうに、母の祈りが透けて見えるようだ。

秋風が吹くと、飛鳥の古墳群の草がざわざわと揺れます。
その音は、もしかすると古代の母たちの声なのかもしれません。
皇女たちの決意も、男たちの権力も、その背後でやわらかく受け止めていた人々がいた。
冷酒の一滴に、その記憶が映る気がします。

グラスの底に残った一口をあおって、少しだけため息をつきます。
今日もまた、遠い昔の誰かに慰められた夜でした。