ある晴れた日のこと。
ふと気が向いて、明日香の空を見上げた。石の斜面が青空へ吸い込まれるように、ぴたっと一直線に延びている。まるで空への階段か、過去と現在をつなぐタイムスリップ装置の入り口みたいな気がして、つい、しばしぼーっと見上げてしまった。

これ、実は斉明天皇が関わった時代に思いを馳せるにはうってつけの風景だったりする
斉明天皇――元は皇極天皇と名乗っていたけれど、あの有名な乙巳の変で、孝徳天皇に天皇の座を譲った。それが、なんと日本史上初の“譲位”。なにせ天皇の座を自らお譲りになるなんて、前代未聞だったのだ。
でも孝徳天皇が崩御してしまうと、ささっとまた斉明天皇として即位。こういうのを「重祚」って言うらしい。天皇、二度なる――ってなんだかタイトルみたいでかっこいい。
さて、その斉明天皇。どうやらかなりの「工事好き」だったみたいで、飛鳥川原宮から後飛鳥岡本宮に引っ越すわ、多武峰(とうのみね)に両槻宮を建てるわ。極めつけは、香具山から石上山にかけて「狂心の渠(たぶれごころのみぞ)」なる大きな水路を掘っちゃうという豪快さ。
おまけに、宮の東の山にはどっしりとした石垣を築いて、吉野にも宮を建てる。
そう、この石の斜面のように、当時の明日香には彼女が築いたものがしっかりと残ってる気がする。地形に名を刻んでいくというのは、かなりのスケール感。
百済(くだら)――朝鮮半島の古代国家。その復興を願って、斉明天皇は遠く筑紫(現在の福岡あたり)へと向かった。でも、その地で崩御。朝倉宮で最期を迎えたその姿には、どこか国際的な政治の中で揺れる時代の、天皇の孤独さが感じられる。
今見上げている石のスロープ、その向こうには、あの時代の空がつながっているような気がしてならない。
斉明天皇が見上げた空も、こんなふうに青く澄んでいたのだろうか。
あるいは、もっと荒々しく、挑戦と不安と希望が混じった空だったのかもしれない。
風にふかれて、石の冷たさを感じながら、しばし空に思いを預けた昼下がりでした。