この時期、岡寺に行くと、つい顔がにやけてしまう。
道々で咲く花たちに、やわらかく手招きされながら石段を上っていくと、ふわりと白い花が迎えてくれた。たぶんシャガだ。ひらひらとした花びらの縁がちょっとギザギザしていて、よく見ると、紫とオレンジ色の水玉模様がついている。まるで、ちょっと飲みすぎて頬を染めた誰かみたいに、可愛い。

岡寺というのは、奈良の明日香村にあるお寺で、日本で最初の厄除け霊場といわれている。正式には龍蓋寺(りゅうがいじ)という立派な名前があるけれど、地元の人は親しみをこめて「岡寺」と呼ぶことが多い。
創建したのは義淵僧正という、かなりすごい人だったらしい。
境内にあった龍蓋池には、悪さばかりする龍を義淵さんが封じ込めたという。封じたあと、龍は心を入れかえたというから、なんとも教育効果の高い封印だ。
そんな大仕事をやってのけた義淵さん、日本で最初に「僧正」という位をもらったお坊さんでもある。政治にも文化にも深くかかわっていて、奈良時代の仏教の広がりには欠かせない人だ。
ふらふらと花に誘われるまま歩いていると、シャクナゲ、ツツジ、ボタン……春の岡寺は、まるで花たちの楽園だ。
あっちにもこっちにも色とりどり。
牡丹なんて、まるで絹のように光っていて、ちょっと眩しかった。
お酒をちょっと引っかけた後みたいに、視界がきらきらする。
境内には大きな観音様もいらっしゃる。
日本最大級の塑像で、あたたかいお顔をされている。
悪いものはきっとこのお寺に来るだけで、どこかへ飛んでいってしまうんじゃないかと思う。池のそばに立ち止まって、石の灯籠ごしに咲くシャガの花を見ていたら、なんだか昔の人たちのざわめきが聞こえた気がした。
千年以上も前から、こうして春になると、花が咲き、誰かがそれを見上げ、ほっとしたり、笑ったりしてきたのかもしれない。
今日もまた、いいお酒のような一日だった。